君の知らない空
まさか、彼が……
最悪の事態が脳裏に過る。
慌てて自転車を立て掛けた男性に駆け寄った。
「あの、この自転車に乗ってた人は、どこですか?」
「はあ? 誰も乗ってなかっただろ? 何言ってんだ?」
男性がゆるりと顔を上げる。間近で見ると厳つい顔、美香の兄の周りに居た人たちに雰囲気が似ていて怖い。
「え、でも、この自転車が車の下から出てきたから……」
「車がぶつかった時に、ここに停めてあったのが倒れてきたんだろ? 姉ちゃん、見てなかったの?」
車の傍にいた別の男性が近づいてきて、私の顔を覗き込む。ぎらりとした目つきで睨まれた私は、思わず背筋を伸ばした。
「はい……見てないですけど……」
確かに、私は車が衝突する瞬間を見ていない。
でも……どうして彼の自転車がここにあるの? どうして車の下から出てきたの?
尋ねたいのに……
私を睨んでいる男性の目つきが怖くて、まともに顔を見ることもできない。
「なあ、姉ちゃん? もしかして、この自転車の持ち主を知ってんの?」
男性が私の肩を掴んだ。低い声が、胸の奥の不安を刺激する。私は大げさなほど首を横に振って否定した。
「えっ、いいえ、知りません」
もし、知っていると言ったら……
「知らなかったら、要らない口を挟むなよ」
男性は掴んだ肩をぐいと引き寄せて、私の耳元で告げた。さっきよりもずっと低い声で。