君の知らない空


あり得ないほど、胸がドキドキして収まらない。恐怖で固まって動けない私を残して、二人の男性が車へと戻っていく。


ガードレールにもたれた自転車へと、恐る恐る目を向けた。私の目には、彼の自転車にしか映らない。


『ああ、逃がした。必ず探し出す、夕霧駅に応援に来てくれ。ヤツはまだこの辺りにいる』


飛び込んだ男性の声に、私は顔を上げた。去っていく男性が、携帯電話で誰かと話している。


逃がした?
探し出す?


電話を終えた男性が、衝突した二台の車の傍に集まる男性らに合図を送った。


そこには、車に乗っていた以上の数の男性の姿。いずれも厳つくて、とても仲良くなれそうにはない、声をかけづらい感じの人たちばかり。合図を受けた彼らは車を離れ、足早に散らばっていく。


運転手と思われる男性らはそれぞれの車の運転席に乗り込み、凹んだ車を車道の端へと寄せて停めた。


そんな彼らの様子を呆然と見つめる野次馬など、全く気にしていない。むしろ車を降りた彼らは一喝して、野次馬を蹴散らした。


どういうこと?


おおよその検討はついていた。


だからこそ、
余計に恐怖が増していく。


私は、どうすればいい?


この自転車は、小川亮のもので間違いない。そして二台の車に乗っていた男性らは綾瀬の、美香の兄の部下だ。


おそらく衝突事故は、小川亮を追っている最中に起こしてしまったのだろう。


小川亮は自転車を置いて、どこへ行ったんだろう。


再び、自転車へと目を向けた。赤い自転車の黒いハンドルが、濡れたように輝いている。近づいて目を凝らしたら、ぎゅっと胸が締め付けられて苦しくなった。



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