君の知らない空
先輩は地面に伏せて、ぴくりとも動かない。
「気を失っただけだよ」
聞き覚えのある男性の声。
黒い影が、私に手を差し伸べる。
何のためらいもなく、その手に触れた。冷たいけど、懐かしい感触が強張った体を溶かしていく。同時に安堵感に満たされる。
記憶を手繰り寄せるように、その顔を見つめるけどはっきりと見ることはできない。それでも怖くなかった。
ぼんやりとした視界に映る影が、がくんと崩れ落ちた。繋いだ手が、ぴんと伸びて離れそうになる。離れないように、私は彼とともに身を屈めた。
倒れている先輩の傍に膝をついた彼が、荒い息遣いで顔を上げる。
やっぱり、あなただったんだ。
相変わらず薄暗くぼんやりとしてるけど、確かに私の目には彼の顔が映ってる。
「ありがとう……怪我してるの?」
問いかけると、彼は苦しげに顔を歪めながら、小さく首を横に振る。立ち上がろうとした彼が、呻き声を漏らした。
彼の腕に添えた手に、ぬるりとした感触。思わず手を離して、目を凝らした。黒いシャツの隙間から露わになった皮膚が、血で染まっている。
さっきの事故だろうか。
どうしていいか分からずにいる間に彼が隣に立ち、柵にもたれかかった。
「大丈夫」
「うそ……大丈夫じゃない」
にこりと微笑んでくれるけど、大丈夫なはずない。苦しそうに息を吐く姿が痛々しい。
柵にもたれ掛かっていた彼が、ふと背筋を伸ばした。私の前に立って、高架の外の灯りへと目を向ける。
視線を追うと、こちらに向かってくる人の姿がある。ひとりのようだが、逆光で顔は見えない。私は、足元に横たわる先輩を見下ろした。