君の知らない空
近づいてくるのが男性だと分かったのは、携帯電話で会話している声が聴こえてきたから。
声を聴いた瞬間、最悪の状況だと悟った。こちらに向かってくるのが誰なのかが、はっきりと分かったのだ。先輩が『もうすぐ来る』と言っていたのは本当だったんだ。
お願い、
こっちに来ないで。
引き返して。
何度も繰り返し、心の中で唱えるけど無駄な足掻きに過ぎなかった。
桂一が近づいてくる。
彼が私の前に立って隠そうとしてくれてるけど、見つからないはずない。もし私が見つからなくても、彼が見つかってしまう。
それに……
倒れてる先輩を見たら?
足元に横たわる先輩へと視線を落とすと同時に、鈍い振動を感じた。こちらに向かってくる桂一の声は、いつの間にか聴こえない。
私は屈み込んで、先輩のパンツのポケットに触れた。間違いない、確かな振動。先輩の携帯電話に、桂一が発信しているのだろう。
彼が私を振り向いた。
きっと彼は桂一を手に掛けるつもりだ。先輩と同じように。
もし失敗したら?
彼は怪我をしている。
先輩の時は背後から不意をつくことができたけど、桂一の場合は?
私は倒れた先輩の両脇に手を突っ込んで、思いきり力を込めた。ずるずると体を引き摺り、高架の壁際へと運ぶ。さっき私が隠れていた自転車の陰へと。
手伝おうと伸ばした彼の手を払いのけて壁際に運び込んだら、ぺたんと尻もちをついた。自分でも信じられないほど素早い行動だったと思う。
「こっちに来て」
彼に小声で告げて、倒れた先輩の前に座り込む。桂一の方を気にしながら、彼が私の隣に屈み込む。
私は両手を広げた。