君の知らない空

   
扉の向こう側から、彼の声が聴こえる。
何を話しているのかは聴き取れないけど、私の知らない言葉で話してるのはわかる。


誰と話してるんだろう。
周さん、かな……?


『杜亮維』
桂一の持っていた資料に書かれていた名前と彼の写真を思い出した。


周さんは『周さん』なのに、どうして彼には『小川亮』と『杜亮維』のふたつの名前があるんだろう。こんな仕事をしているから、どちらかが偽名なのかもしれない。


そんなことを考えているうちに彼の声は消えて、代わりに窓を開ける音が飛び込んだ。


慌てて飛び起きた。
彼がどこかに行ってしまう気がして。


「待って!」


勢いよく扉を開いたら、彼が振り向いた。
ベランダの窓に手を掛けて、目を丸くしてる。反対の手には干していた私のブラウス。


「驚かせてごめん、服乾いてるよ」


彼がにこりと微笑んでる。
急に恥ずかしさが込み上げてきて、咄嗟に顔を伏せた。


でも、本当に怖いと思った。彼がどこかに行ってしまうんじゃないかと。


フローリングを映していた視界に映り込んだ彼の手が、私の胸元に伸びる。シャツを手繰り寄せた手が、胸元を覆った。


シャツのボタンを開けたまま部屋を飛び出したと知って、余計に恥ずかしくなる。目を逸らした私の頬に触れた彼の唇が、優しく滑りながら唇が重なる。


どうして、こんなに温かくて気持ちいいんだろう。


離れてく余韻を追いかけようと、顔を上げた私に彼がにこりと微笑んだ。


「出かけよう、お腹空いた。何か食べに行こう」


そういえば、もうとっくにお昼は過ぎている。


彼に渡されたブラウスは、日差しをいっぱい浴びて温かい匂いがした。



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