君の知らない空
夕霧駅前の交差点、ちょうど赤信号で止まった。彼が振り向いて、手にしたオレンジの入った袋を見せる。なんとなく得意げな顔をして。
「……」
また何か言ったけど、聞き取れない。
私の知らない言葉。
「オレンジ、僕の生まれた国の言葉で、オレンジを書くと『橙子』って書くんだ。だから、君の名前を初めて知った時、オレンジだって思った」
彼が柔らかな笑みを見せてくれる。
どうやって私の名前を知ったのか、他にもいろいろと聞いてみたい。
だけど、それよりも『僕の生まれた国』という言葉が重く感じられて、言い出せない。やっぱり彼は『小川亮』じゃなくて、『杜亮維』なのかな。
それでも今は、こうして彼と一緒に居られる時間を大切にしたい。
できるだけ平静を装うことにしよう、と自分に言い聞かせた。
「私の名前、オレンジなんだ……全然知らなかった、もしかして、さっきオレンジって言ったの?」
「うん、『……』」
私にわかるように口元を見せて、ゆっくりと言ってくれるけど、それでもよく聴き取れない。
「……?」
なんとか真似て、口に出してみた。明らかに拙い私の言葉に、彼は大きく頷いて笑ってくれる。
「そうそう、上手。オレンジ色って、いい色だよね」
「そうだね、目を惹く色だし、見てたら元気になれそうな感じ?」
「うん、自転車の色、今度はオレンジ色にしよう」
彼がきゅっと口角を上げた。
信号が青に変わり、僅かに出遅れた私に彼が手を伸ばす。引き寄せられるように握った手は固くて逞しいけど、温かくて……好きと思った。