君の知らない空
本当に小さなお好み焼き屋さん。
外観から想像した通りのこじんまりした店内には大きな鉄板がひとつと、4人掛けのレトロなテーブルがふたつある。
大きな鉄板の傍に二畳ほどの座敷席らしきものがあるが、積み上げられた漫画雑誌の山に占領されている。壁に貼られたメニューの数は10種もなく、至ってシンプルだ。
古さは感じられるが小綺麗な店内を見回す私をテーブル席に促して、彼はおばさんの方へと向かう。
注文するのかと思っていたら、黙って手に持っていた袋を差し出した。
「あら、 オレンジ? 後で切ってあげるよ、ふふ、『橙子』ね」
「そう、『橙子』だよ」
おばさんが袋を覗き込んで言ったのは、彼の国の言葉。確かに『オレンジ』と。
彼も笑って返してる。
何なの? この状況は?
おばさんも彼と同じ国の人?
彼とおばさんは知り合い?
「ほら、早く座って、いつものでいい? ハルミちゃんも、何でもいい?」
口を開けてマヌケな顔をしている私におばさんが掛けてくれた声は、耳を素通りしていく。私はハルミじゃない、ってツッコミを入れる余裕なんてない。
この店の勝手を知ってるように、彼がどこからかお茶を入れた湯呑を運んできた。
「驚かせてごめん、アキさんは僕のお母さんみたいな人なんだ、ここに来てからすごくお世話になってる」
彼の申し訳なさげな声が、なんとか私を繋ぎ止める。
「お母さん……ではないの? おばさんも小川さんと同じ国の人?」
「違うよ、私は生粋の日本人。亮君だって、半分は日本人なんだからね」
鉄板から上がる真っ白な湯気の向こうから飛んできたおばさんの声が、朦朧とする私の思考を呼び起こした。