君の知らない空
   

彼の言ったとおり美味しくて箸が止まらず、食べてる間にかわした会話は「美味しい」だけだった。


食べ終えて間もないというのに、おばさんがお盆で何かを運んでくる。テーブルの真ん中に置いた器には、さっきのオレンジが綺麗に切り分けられてる。


それだけかと思っていたら、さらに器を置いた。ソースのついていないたこ焼きと小鉢が二つ。それを見た彼が嬉しそうな顔で、おばさんを見上げる。


「ありがとう」

「いいえ、ハルミちゃんも食べてみて、もう、お腹いっぱい?  ひとつぐらい食べられるでしょ?」


と言いながら、おばさんが急須から小鉢に注いだのは湯気の上る澄んだだし汁。すると彼が、たこ焼きをだし汁に浸してみせた。


「ここにつけて食べると本当に美味しいんだ」


ぱくりと口に頬張って、目を細める。
その顔がなんとも言えず、かわいい。なんて美味しそうに食べるんだろう。


「亮君がね、この食べ方好きなのよ。ウチに来たら必ず食べてくの、ハルミちゃんも食べてみて」

「はい、いただきます」


言われるがまま、私も口に入れてみた。美味しい!


「あ、美味しい、だし汁が染み込んで柔らかい」


すごい、新たな発見だ。
たこ焼きだけじゃなく、彼の無邪気な笑顔も。


彼には冷ややかで触れにくい空気を感じていたけど、今見ている彼は全然違う。
まるで少年のような……


気のせいか、彼を見てるおばさんの顔も優しい。なんだか怪しく思えてくる。


「あの……やっぱり、おばさんは小川さんのお母さん?  ですか?」


思いついて尋ねたら、大きな鉄板を片付けていたおばさんが吹き出した。



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