君の知らない空
走る電車の中、彼はずっと手を握っていてくれた。力を込めることもなく、ふわりと優しく包み込んでくれる。
私は俯いて、そんな彼の手を見つめていた。
「次で降りるよ」
と言って、彼が手をきゅっと握って合図する。
次は南町駅。
どうして夕霧駅ではないのかと疑問は感じたけど、私には尋ねてる余裕はなかった。
霞駅のホームで手を伸ばした桂一の顔が、ずっと頭に焼き付いて離れない。問い詰めるようにも、助けを求めるようにも見えた苦しそうな顔。
どうして桂一が霞駅にいたのか、
いつから私に気づいていたのか、
隣にいる彼に気づいていたのか、
次々と込み上げてくる不安が、胸の中を支配していく。
南町駅のホームに降りると改札口へ向かわず、ベンチに腰を下ろした。誰もいないホームに、駅前を行き交う車の音がやけに大きく聴こえる。
彼は固く手を握り締めたまま、反対側の腕で私を抱き締めてくれた。それだけのことなのに、胸の中で暴れている不安が鎮まっていく。
「ありがとう、今日は連れ回してごめん。足、痛くない?」
耳元で囁くような彼の声は、とても穏やかで胸に沁みていく。
「私は大丈夫、亮の方が痛いのにごめんね、お礼を言わなきゃいけないのは私の方だよ。助けてくれたし、本当に嬉しかったんだから」
「僕も、嬉しかった。ありがとう」
彼から確かに響いてくる鼓動を感じながら、本当に時が止まってしまえばいいのにと心から願っていた。
願わずにはいられなかった。
きっと心のどこかで、不安を予感していたからかもしれない。
彼が離れてしまうかもしれない恐怖。
そう遠くない、近いうちに。
ぎゅっと、彼の腕にしがみついた。
離れてしまう前に、繋ぎ止めておきたくて。