君の知らない空
◇ サヨナラのはじまり
絶対に泣くものか。
絶対に振り返るものか。
降りてきた乗客に紛れて、駅の改札口に向かって階段を下りていく。唇を噛んで少し顎を上げて、階段を一段ずつ確かめるように踏みしめながら。
霞駅方面への電車が出た後、夕霧駅方面へ向かう電車がホームに入ってくる音が響いてきた。階段の途中の踊り場で足を止め、耳を澄ませた。
停車する音、
ドアが開く音、
降りてくる人の足音、
ドアが閉まる音、
走り出す音、
電車が遠ざかっていく。
彼が離れていく。
階段を下りる人たちが通り過ぎていく。踊り場で立ち止まる私を気にする様子など全くない。
電車の音が聴こえなくなった頃、私はようやく改札口へと歩き始めた。
彼は無事に電車に乗れたのだろうか、どこまで乗るつもりなんだろう。胸の中で何度も問いかけるけど、彼は答えてくれない。
改札口を出るとすぐ、こちらに向かって駆けて来る二人の男性の姿が飛び込んだ。胸が締め付けられるような恐怖に顔を伏せて、出口に向かって歩き出す。
すれ違いざまに見た二人に見覚えはないけど、息を切らせて焦る様子から、彼を追っていると一目でわかった。
彼らは改札口の前で何やら話している。
そっと振り返ると、ひとりの男性が私に気づいた。声を掛けられたもうひとりも私を振り返る。
慌てて背を向けた。
思いきり不自然な行動だったのかもしれない。二人の視線と話し声が背中に突き刺さる。
急いで歩き出した途端、思いきり誰かと激突した。
謝るより早く、グレーの柔らかなスウェット生地を纏った大きくて頑丈な腕が私の肩を抱き寄せる。恐怖に声を上げそうになる私の唇に、素早く人差し指を立てた。
「声出すな」
耳元で告げた小さくて低い声。
彼じゃない、でも知っている。