君の知らない空
事務所の扉の前、立ち止まって深呼吸をした。
事務所に入っていくのに、こんなにもドキドキしたのは久しぶりだ。休み明けだからという理由だけじゃない。待ち受けるものの重みを想像したら、胸が締め付けられる。
回れ右するわけにもいかないし、心を決めて扉に手を伸ばした。
「おはよっ」
突然、威勢のいい声を浴びせられて背筋が伸び上がる。呆れながら振り返ると、江藤がにやりと笑ってる。
「おはよう、びっくりするじゃない……朝なのに元気だね」
「まあね、できるだけ気分上げていかないとしんどいからさ、いろいろあるけど頑張っていこ」
ぐっと親指を立てて無邪気に笑う江藤の口調は軽いけど、なんだか励まされた気分。
そうだ、前を向いて進まなきゃ。
「うん、頑張ろっ」
「よしっ」
江藤が扉を開けて、颯爽と事務所に入ってく。私も後に続いた。
席に辿り着くまでに、チクチクと視線が突き刺さって痛い。そこにオバチャンがいるのはわかっているけど、怖くて振り向くことができない。
ようやく席に着いたら、優美が音も立てずにふらりと現れた。何も言わずとも、神妙な表情がすべてを物語っている。
「おはよ、橙子、もう大丈夫?」
「おはよ、大丈夫だよ、ゴメンね」
私よりも自分の心配をしてほしい。
精一杯の笑顔で返すと、優美がふらりと崩れ落ちた。私の座った椅子の肘掛けにもたれ掛かって、顔を伏せて動かない。
「優美? どうしたの? 気分悪いの?」
「ううん、大丈夫。違うの……私、もう会社辞めようかなぁ……」
溜め息とともに吐き出された優美の声は、震えながら消えていった。