君の知らない空
昼休みだというのに、優美は箸を泳がせて溜め息ばかり吐いてる。食欲がないのは明らかだ。
社内の混乱は、優美にまでダメージを与えていた。
昨日、優美はオバチャンにいろいろと吹き込まれたそうだ。
警察沙汰になっていないが、課長の死には絶対に美香が関わっている。美香は兄とともに会社の乗っ取りを企んでいる。などと、オバチャンに延々と聞かされたと。
軽い噂話程度なら適度に聞いているけれど、事態は噂話の域を超えて深刻さを増している。さすがに限界だったらしい。
優美はもうすぐ結婚する。いわゆるマリッジブルーと重なって、精神的に不安定になっているんだろう。
辞めたいと言う優美に、辞めないでとは言えない。この会社に留まったところで、どうなるのかわからないのだ。
だったら今は、自分の幸せを優先してほしい。
「橙子はどうなの? 今朝もオバチャンに呼び出されてたけど、何言われてたの? 平気なの?」
いつもと変わらない優美の言葉が、嬉しくて胸にじんと染みてく。何気ないのに、私を気遣ってくれてる事が伝わるから。
「うん、私は大丈夫。いろいろあるけど、適当に受け流すようにしてるから」
「橙子、最近強くなったよね。オバチャンに対抗できるようになってきてるよ。大したものだよ」
「いや、オバチャンは怖いけど……いろいろとあったからね、うだうだしてても仕方ないって思えるようになったのかも」
私が変わったのは、亮に出会ったからかもしれない。オバチャンよりも過酷な出来事に巻き込まれて、少なからず鍛えられたはずだから。
「優美は、自分が幸せになる事だけを考えてよ。私は優美の笑顔が一番好きなんだから」
「ありがとう、橙子は私の一番大切な親友だよ」
昼休みだというのに、私たちは目を潤ませて抱き合っていた。でも悲しかったんじゃなくて、嬉しかった。