君の知らない空
「はい、もうほとんど……」
「急いでるみたいだけど、用事でもあるの?」
ぺこっと頭を下げた私に、間髪入れず問い掛ける。何を聞くのかと思ったら……私、そんなに急いでたのかなぁ?
「はい、友人と約束があるので……」
「毎日車で送迎してくれてる人? 高山さんの彼氏?」
オバチャンの言葉に、ドキッとする。いつの間に、桂一に送迎してもらってるのを見られてたんだろう。
「あ、彼氏じゃなくて、学生の頃からの友達なんです」
「ふぅん、昨日、霞駅の近くであなたを見かけたんだけど、一緒に居た人が彼氏? 送迎してくれてるのとは違う人だったみたいだけど」
思わず呼吸が止まった。昨夜、亮と一緒に居るところをオバチャンに見られてたなんて。しかも昨日は体調不良で休暇したのに。
「え……昨日?夜に少しだけ友人と……」
「まあ、まだ若いから、いろんな人と付き合うのも悪くないかもしれないけど、いい加減に落ち着きなさいよ。古賀さんみたいに」
呆れたような冷たい口調だったけど、少し拍子抜けだった。もっと咎められると思って、身構えていたのに。
言いたいことだけ言って、オバチャンは事務所へと戻っていく。
ほっとして体の力が抜けた。リフレッシュコーナーから出てきた江藤が、後ろでくすくすと笑ってるのが聴こえてくる。
「災難だったなぁ、オバチャンに会った途端に、すごく姿勢が良くなってたぞ。見てて面白かった」
「だって、びっくりしたもん。話してるの聞こえてた?」
見てるなら出てきてくれたらよかったのに。そうすれば、オバチャンの関心は江藤に移っていたはず。私の彼氏の追及なんてされなかったんだろう。
「少しだけな、早く帰らないと待たせてるんじゃない?」
と言って、江藤は腕時計を見せる。ちゃんと話の内容は聴こえていたようだ。