君の知らない空
「課長も買収されてたのに、どうして綾瀬さんを狙ったんですか?」
つい疑問が口をついて出る。
先輩は口元に笑みを浮かべて、私を見据えた。
「裏切りだ、綾瀬さんの彼女が社内にいることを知って脅迫した。だから消されたんだな、かわいそうに」
「それは、綾瀬さんが手を下したんですか?」
「いや、綾瀬さんの敵が雇った男が先に片付けたらしいけど、ヤツは綾瀬さんの命も狙ってる」
亮のことを言ってる。
でも、話が違う。綾瀬を守るようにと頼まれてると、亮が言っていたのに。否定したい気持ちが込み上げてくる。
「一昨日、綾瀬さんの側近がヤツと接触したけど逃げられて……夕霧駅付近で見失ったから俺らが駆り出された。大月? そうだよな?」
一瞬、胸が押し潰されそうになった。先輩が思い出したと思ったから。
「ヤツは昨日もこの辺りに居たらしい。だから今日も、この辺りを警戒しろってお達しだ」
桂一が黙って頷くと、先輩はめんどくさそうに言って椅子に凭れた。桂一は私から目を逸らすように、
「仕事ですから」
と零して目を伏せる。
しばらくして、先輩は何かを思い出したように体を起こした。
「ヤツは怪我してるらしい。昨日も綾瀬さんの側近と接触したんだ、タダじゃ済まないだろうな、捕まるのも時間の問題だ」
聴いた途端、頭の中が真っ白になった。肩を竦める先輩の顔には、僅かな笑みが見て取れる。
亮が怪我を?
きっと、私と別れた後だ。
亮は無事だとアキさんから連絡はあったけど、昨日も怪我をしていたとは聞いていない。具合はどうなんだろう、今はどこに居るんだろう。
「さて、行こうか。大月、彼女送ってから夕霧駅で待ち合わせよう。俺は電車で行く」
今にも体が震え出しそうになる私の傍を、先輩の声が通り過ぎていった。