君の知らない空



どうして先輩は、あんなに話してくれたんだろう。桂一よりも、いろんな事を知っていた。


亮のところへ行きたい。


帰りの車の中で、私はさっき先輩が話してくれた事ばかり考えていた。桂一との会話が無いことも気にならないほど。


家の近くの公園に着いたことさえ、気付かなかった。


「橙子、どうしたの?」


桂一の声に我に返ったら、車は既に停まっている。


「ごめんね、ありがとう」


慌ててバッグを抱える手を、黙って桂一が引き留めた。


「橙子、アイツとは何も関係無いんだろ? さっき話した事、俺は本気だから。橙子ともう一度やり直したいんだ」


私の顔を覗き込む桂一は、悲しい目をしている。


私は答えられなかった。
亮に会わなければ、亮に触れなければ、桂一とやり直したいと思っていただろう。


でも、今は違う。
亮の温もりが記憶から離れない。握り締めてくれた手の感触が、今もまだ残っている。


もしこの気持ちを伝えたら、桂一は何と言うのだろう。


桂一の視線が痛くて、私は目を伏せた。


すると桂一は、掴んだ腕を強く引き寄せる。体勢を崩して桂一の胸にもたれ掛かる私は、ぎゅっと抱き締められていた。


「お願い、ケリがついたら今の仕事は辞める。ちゃんとした仕事に就くから、信じてほしい」


桂一の声と腕の力強さが苦しい。ケリがついたらというのは、亮を捕まえたらという意味だろう。


桂一の気持ちは痛いほどわかるのに、返すべき言葉がどうしても見つからない。


ふと腕が緩んで、桂一が私の体を起こした。唇を噛んで私を見つめる目に、薄っすらと涙が滲んでいる。


「俺は待ってるから」


ぽつりと告げた一言は耳に焼き付いて、車を降りてからも離れなかった。


< 351 / 390 >

この作品をシェア

pagetop