君の知らない空
どうして先輩は、あんなに話してくれたんだろう。桂一よりも、いろんな事を知っていた。
亮のところへ行きたい。
帰りの車の中で、私はさっき先輩が話してくれた事ばかり考えていた。桂一との会話が無いことも気にならないほど。
家の近くの公園に着いたことさえ、気付かなかった。
「橙子、どうしたの?」
桂一の声に我に返ったら、車は既に停まっている。
「ごめんね、ありがとう」
慌ててバッグを抱える手を、黙って桂一が引き留めた。
「橙子、アイツとは何も関係無いんだろ? さっき話した事、俺は本気だから。橙子ともう一度やり直したいんだ」
私の顔を覗き込む桂一は、悲しい目をしている。
私は答えられなかった。
亮に会わなければ、亮に触れなければ、桂一とやり直したいと思っていただろう。
でも、今は違う。
亮の温もりが記憶から離れない。握り締めてくれた手の感触が、今もまだ残っている。
もしこの気持ちを伝えたら、桂一は何と言うのだろう。
桂一の視線が痛くて、私は目を伏せた。
すると桂一は、掴んだ腕を強く引き寄せる。体勢を崩して桂一の胸にもたれ掛かる私は、ぎゅっと抱き締められていた。
「お願い、ケリがついたら今の仕事は辞める。ちゃんとした仕事に就くから、信じてほしい」
桂一の声と腕の力強さが苦しい。ケリがついたらというのは、亮を捕まえたらという意味だろう。
桂一の気持ちは痛いほどわかるのに、返すべき言葉がどうしても見つからない。
ふと腕が緩んで、桂一が私の体を起こした。唇を噛んで私を見つめる目に、薄っすらと涙が滲んでいる。
「俺は待ってるから」
ぽつりと告げた一言は耳に焼き付いて、車を降りてからも離れなかった。