君の知らない空
背中越しに、車の走り出す音が聴こえる。足を留めて振り返ると、桂一の車が遠退いていく。
私は直ぐに回れ右して歩き出した。家とは反対側の方向へと。目指すは夕霧駅前の商店街、路地裏にあるアパート。
どうしても自分の目で、亮の安否を確かめたかったから。
桂一は夕霧駅で先輩と待ち合わせと言っていたから、駅前は避けなければ。
腕時計を見ると、まだ8時を過ぎたばかり。江藤と電話の約束をした11時までには十分時間はある。
記憶を頼りに、商店街の暗い路地の奥へと入っていった。
街灯の灯りが届かない薄暗い路地の中は、昼間と違って不気味な雰囲気を醸し出している。しんとした闇の中から、誰ともわからない話し声や微かなざわめきが届いてくる。
複雑な路地に迷いながらも、ようやく部屋の前に辿り着いた。
部屋からは人の気配は感じられず、玄関の扉の横にある小さな窓は暗く、灯りさえ窺うことはできない。
亮は居ないかもしれないと思いつつ、玄関のベルを鳴らした。ゆっくりと心の中でカウントしながら反応を待つ。
でも、十数えても返事がない。
もう一度だけ鳴らしてみよう。それでも出てこなかったら帰ろう。
再び伸ばした手は、ベルに届く前に背後から現れた手に掴み上げられた。振り返る間もなく口を塞がれ、あっという間に取り押さえられる。
恐怖を感じる間も無く、何が起こったのかさえ分からない。
「騒ぐなよ、痛い目に遭いたくないだろ」
顔を覗き込んで笑うのは、桂一の先輩だった。
私を取り押さえているのは、先輩ではない他の男性。さらにもう一人の男性が現れて、扉の鍵を器用に開ける。
男性は勢いよく扉を開けて、真っ暗な部屋の中へと飛び込んだ。