君の知らない空
しかし江藤は、特に動じる様子もない。美香は不安そうに二人を見つめているけど、恐らく父親に知らせたのは美香だろう。
「ご存知でしたか、社員を退職させ、他の会社に移そうと考えていましたが、あなたが撤退するのであれば必要なさそうですね」
「そうだな、君の父親の会社も同じように部品調達を請け負っていたね? 一度解体して、君の父親の会社に吸収するのもいいかもしれない」
綾瀬は、乗っ取りが失敗したというのに晴れやかな顔。
それより、どういうこと?
江藤のお父さんの会社って?
「吹っ掛けたのは私だが、今後の事で協力できることがあれば言ってくれ。せめて罪滅ぼしさせてほしい」
「ありがとうございます。私も勉強になりました。いろんな危機があるのだと」
笑顔で握手を交わし、綾瀬も部屋を出て行った。
「俺の父の会社が、T重工と取引がある会社なんだ」
江藤は私の疑問に、あっさりと答えてくれた。今の会社には、社会勉強のために入社したのだと。そんな事、今まで全然知らなかった。きっとオバチャンさえも知らなかったはず。
まさか美香は知っていて江藤に近付いたのかと疑ってしまったが、そうではなかったらしい。
「私もさっき聞いてびっくりしました。本当にすみませんでした。散々ご迷惑をお掛けしておきながら勝手とは思いますが、私は会社を辞めます。オバチャンも許してくれそうにありませんし」
本当は引き留めたいけど、美香の決意は固そうだ。
「高山は辞めないよな? 落ち着くまで時間が掛かるだろうけど、悪くならないよう努力するから。でも美香は会社を辞めても俺の彼女だから、お兄さんに早く認めてもらわなきゃな」
江藤は照れくさそうに、美香の肩を抱き寄せた。どうやら美香の兄は手強そうだ。
やがて江藤は美香を送っていくと言って、部屋を出て行った。