君の知らない空
できれば私たちを残して行かないで欲しかった。部屋は嫌な沈黙で満ちている。
亮は私の手を握り締めたまま、ベランダの窓際に立っている。俯き気味の視線は、床に落ちたハサミに注がれているようだ。
ソファに腰を下ろして、ぼんやりと考え込んでいた桂一が立ち上がった。
「俺は諦めないから、必ず橙子を迎えに行くから待っててほしい」
桂一が振り返る。
決意に満ちた瞳は私に向けられながらも、亮の姿をも確実に捉えていた。
そこには桂一自信の揺るぎない意志と、亮に対するはっきりとした敵意が込められているように感じられる。
そっと私の手を離して、亮が桂一へと歩み寄っていく。
「僕だって、まだ胸を張れるような立場じゃない。でも、この気持ちは譲れない」
「俺もお前には絶対に負けない、今ここで勝負してもいいんだけど?」
また二人が喧嘩など始めるのではないかと見守っていると、亮がふと笑った。
「今はやめておくよ」
と言って差し伸べた亮の右手を、桂一が固く握り締める。互いに笑みを浮かべているが、その目に憎悪などは感じられず堂々としていたから安心した。
「橙子、明日の朝はいつも通り迎えに行くから」
軽く手を上げる桂一は、いつもと変わらない笑顔。私が「うん」と答えるのを確かめて、桂一は部屋を出て行った。
僅かな疑問と戸惑いを感じつつ、首を傾げる私の肩を亮が抱き寄せた。
「彼は手強そうだね」
「うん……喧嘩とか暴力は絶対にやめてね、怪我は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
亮はぎゅっと抱き締めてくれた後、ふわりと唇に触れた。亮の鼓動を感じながら目を閉じると、体中が亮の温もりに満たされてく。
出来るなら、
このまま蕩けてしまいたい……