君の知らない空
ゆっくりと差し伸べられた亮の手が、私の頬を包み込んだ。決して柔らかくはない、大きくて固い手なのに温かくて優しい。
「大丈夫、心配しないで。危ない仕事じゃない、普通の仕事だよ」
「ホントに?」
「ホント、菅野さんの知り合いの会社で、部品メーカーの工場勤務なんだ。T重工の取引先らしいから、橙子の会社と関係あるかもしれないね」
亮の答えを聞いて、ほっとした。
菅野さんの知り合いの会社というのが少し引っ掛かるけど、T重工の取引先なら悪くはないはず。
「よかった、もう危ないことは絶対にしないでね」
「うん。橙子に心配かけないし、絶対に怖い目に遭わせたりしないから。でも、橙子の事はこれからも守っていくよ」
「いいよ、守ってもらわなくても。私は大丈夫だから」
頬を包んだ亮の手に、そっと触れた。
この手が私を守ってくれているという実感と、守られてばかりじゃいけないという決意が込み上げる。
そんな私の気持ちを察したのか、亮がにこりと笑う。
「僕も頑張らなきゃ、彼に負けないようにね。うっかりしてたら、橙子を盗られちゃうかも」
亮は私を抱き締めた。ぎゅうっと力を込めて。
彼とはもちろん桂一のこと。亮は桂一が再就職したことも、私とメールを交わしていることも知っている。亮なりに意識しているらしい。
「橙子は僕のものだから……」
頬を摺り寄せた亮が、耳朶を啄ばんだ。吐息が漏れる私の顎を持ち上げて、ゆっくり首筋へと唇を滑らせていく。ぴくりと体が震えるのを抑えるように、静かに唇を重ねた。