君の知らない空


通路に面した席に着いた彼は、しばらく通路を行き交う人を眺めている。
私は店内から彼の横顔を見つめていた。


彼が注文したのは何だろう。
ホットコーヒーかラテか……


ボディバッグから文庫本を取り出し、読み始める。


読書する人なんだ……
桂一はあまり読書しないのに。


不意に、大きな物音が店内に響いた。


店の奥の方の席にいた家族連れ。
子どもがジュースを零したらしい。


若い母親が眉間に皺を寄せて、子どもを叱っている。店員が駆けつけて、にこやかに後片付けをしている。


子連れって大変だなぁ……と思いつつ、
私は彼の方へと向き直った。


いない……


彼の姿が消えている。


私はコーヒーを一気に飲み干し、
急いで店を出た。


通路をぐるりと見渡したが、
彼の姿はどこにも見当たらなかった。




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