君の知らない空
「やば、帰らなきゃ。ごめんね、また今度ゆっくりしよね。連絡するよ」
携帯電話を見た知花さんが、慌てて立ち上がる。旦那さんからの着信とメールに気づかなかったようだ。
「はい、ありがとうございました。
お体大事にしてくださいね」
「うん、ありがと」
店を出た知花さんが手を振りながら、目の前を自転車で過っていく。
その姿を見送り、私はスポーツジムの出入口を見た。ちょうど誰かが出てくる。
目を凝らすと、黒いキャップに白いシャツとカーキ色のパンツの男性。
彼に違いない。
思ったとおり、彼は駐輪場に停めた赤い自転車に跨った。彼の自転車を当てたことが嬉しくて、顔がにやけてしまう。
急いで店を出た私の目の前を、彼が通り過ぎていった。
芳しい香りを纏いながら。