君の知らない空
高架下の頼りない灯りに照らされたのは、黒いキャップを被って眼鏡を掛けた男性。
すらりとしてるけどがっしりした肩、闇に溶け込みそうな黒いシャツから伸びた逞しい腕。
その手には、私のバッグが握られている。
桂一ではない。
でも、それは彼だった。
あの芳しい彼が目の前に立ってる。
彼は座り込んだままの私にもたれた自転車を起こし、前かごにバッグを入れた。そして私に手を差し伸べた。
「大丈夫?」
初めて聴いた彼の声。
思ったよりも高い音で、なんて柔らかな声なんだろう。
徐々に恐怖心から解放されてく私の胸に残ったのは、高なる鼓動と込み上げてくる熱い気持ち。
私は差し伸べられた手に触れた。
彼の手は思っていたよりも固くて大きく感じられる。
ゆっくりと支えられるように立ち上がったら、彼が自転車の前かごの中に入れたバッグからはみ出したイヤフォンを取り上げた。
「コレ、夜道では危ないよ、気をつけて」
と言った彼の顔は優しくて……
「はい、ありがとうございます」
と答えるのが精一杯だった。
それ以上の余裕なんてない。
名前さえ聞くのも忘れて、私は彼の背中を見送っていた。