千の夜をあなたと【完】
2.薬草の天才
14時。
レティはイーヴに言われた通り厩舎前で待っていた。
厩舎の中には馬が5頭ほど居り、中では馬番が念入りに馬の毛づくろいをしている。
厩舎の前には馬車が置かれ、馬車の屋根にはティンバート家の家紋の旗が風に揺れている。
――――青い狼の紋章。
ティンバート家は昔から『海の門番』『潮風の守護者』と呼ばれてきた。
その称号の通り、ティンバート家は代々この交通の要衝を守護してきた一族だ。
父のリカードは10年前までは男爵だったのだが、10年前のアルスター戦役で手柄を立て、ノースウェルズ王家より現在の伯爵位を賜った。
そしてレティも『男爵令嬢』から『伯爵令嬢』となった。
といっても称号が変わっただけで、実生活が変わったわけではないのだが。
父は熱心な聖教会の教徒で、アルスター戦役などで数々の武勲を立てた。
普段は厳格で物静かな父だが、戦場では異教徒相手に容赦なく剣を揮うらしい。
『兄さんは異教徒には容赦しないからね』と叔父のナイジェルなどは言っていたが……。
ナイジェルは父の二番目の弟で、ティンズベリーの中心に居を構えている。
焦茶の髪と鋭い一重の瞳を持つ父に比べ、ナイジェルは色白で恰幅があり、商売を生業にしているせいか剣の道はあまり得意ではない。
普段も酒と美食、そして女に凝っており、屋敷に行くたびに違う女を見かける。
『お前は生まれる家を間違えた』と父はよく苦言を呈しているが、ナイジェルはその度にのらりくらりと逃げ、父の苦言などどこ吹く風といった感じだ。
レティは厩舎前できょろきょろと辺りを見回した。
もうそろそろ約束の時間だと思うのだが……。