千の夜をあなたと【完】


エスターはひとつ息をつき、天井を振り仰いで目を閉じた。

瞼の裏で、想い出の中の人が優しく微笑みかける。

――――けぶるような長い金髪に、美しい翠の瞳。

今はマシュー川沿いの小高い丘の上で眠っている、愛しい人。

そしてその隣に寄り添う、兄の姿。

忘れもしない、兄の大きな褐色の二重の瞳……。


「……っ……」


エスターは唇を噛みしめた。

脳裏から追い払おうとしても消えない、厭わしいあの褐色の瞳。

あの瞳が彼女を見る度に、エスターは心が引き裂かれそうな思いを味わってきた。

そう、ずっと昔から……。


そしてそれは今も変わらない。

兄と全く同じ瞳を持つ、あの娘……。

姉妹であるから仕方がないと思っていても、二人を見るたびに、兄とあの愛しい女性の姿を思い出してしまう。


あの娘に恨みはない。

ただ、兄と同じ褐色の目を持って生まれてしまった、それだけだ。

そしてブラックストンにも恨みはない。

だが……。


「……」


もう引き返すことはできない。

エスターはグラスをテーブルに置き、窓の外に広がる闇をじっと見つめた。


<***>
< 122 / 514 >

この作品をシェア

pagetop