千の夜をあなたと【完】



<side.エスター>



春風に乗り、花の香りが部屋の中へと流れ込んでくる。

……甘い薔薇の香り。

セレナの部屋は庭の薔薇園に面しているため、この時期になると薔薇の香りで満たされる。

エスターは寝台に横たわる部屋の主の傍に静かに歩み寄った。


あれからセレナは心労で倒れ、今はエスターが代理として屋敷の一切を取り仕切っている。

セレナの美しい貌は青ざめ、生気がない。

父と姉は殺され、兄は行方不明。

もともと繊細で無垢なセレナの心に、あの事件は大きな傷を残した。


エスターは痛ましげな目でセレナを見つめた。

自分が直接手を下したのではないにしろ、原因の一端はある。

それを思うと良心の呵責を感じないこともない。


――――あの夜。

事はだいたいエスターの想像通りに運んだ。

しかしレティについては想定外だった。

まさか行方不明になるとは……。


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