千の夜をあなたと【完】
レティは海風に吹かれながらティンズベリーの街を見下ろしていた。
ティンズベリーはイングランドと西部・ウェールズの境目にある港町である。
ウェールズの中では北東に位置し、現在で言うリヴァプールに近い位置にある。
ティンズベリーは西に海、東に森とマシュー川を抱える自然豊かな街で、ウェールズとイングランドの交通の要衝となっている。
ティンズベリーは現在、ティンバート伯爵家の所領となっており、現ティンバート伯爵・リカードはレティの父に当たる。
つまりレティは伯爵令嬢というわけだが……。
「お嬢様、そんな恰好で窓辺に立たれてはなりません!」
背後からの声にレティはびくっと背筋を強張らせた。
振り返ると、メイド服に身を包んだ中年の女性がじーっとレティを見つめている。
鉄色の髪をきっちりと後ろでまとめ、ぴしっとリネンがきいた白いエプロンを身に着けている。
その視線は針のように鋭く、厳しい。
メイベル・ハストン。40歳。
ハウスメイドの長にして、レティの異母兄・リュシアンの母でもある。
「そんな薄着でそんな場所に立っていると、良からぬことを考える者が出てくるかもしれません! さぁレティ様、こちらにいらしてください」
「……ハァ……」
「なんですか、その朝から生気のない声は。クライヴ司祭にさっそく説教でも……」
「わ、わかったから、それだけはやめて」