千の夜をあなたと【完】
リアンは一年ほど前からこの宿屋で働いていた。
それより以前の記憶は、ない。
気が付いたらこの宿屋の前で行き倒れていたのだ。
――――その後。
特に行くところがなければうちで働かないか?と誘われ、それからリアンはこの宿屋で下働きをしている。
リアンの他に、この宿屋には宿屋の主人とそのおかみさんが住んでいる。
二人とも気さくで心根の優しい人たちだ。
リアンは牛乳を椀に入れた後、客室へと向かった。
……リアンが厨房から出て行った後。
宿屋の主人とおかみさんは、顔を見合わせた。
「相変わらず、いい働きっぷりだよ。だけど……」
「やっぱどう見ても普通の子じゃないね。ここに来たときも思ったけど、家事一つしたことのない手だったね、あれは」
「着ていた服も上質なものだったしね。エリオット様は何か知ってるようだけど……」
「あぁ、やめとけ、下手に聞かない方がいい。おれたちゃ、しがない一般市民さ。リアンがここにいたいなら、いさせてやればいいよ」
「そうだねぇ……」
二人がそんな会話をしていたことを、もちろんリアンは知る由もなかった。
<***>