千の夜をあなたと【完】
エスターの言葉に、セレナは首を傾げた。
……経験。
純粋培養のセレナはそれがどういうものなのか想像もつかない。
レティは屋敷の中を駆け回っていたため、メイド達の噂話などから男女間の基本的なことについてはある程度知っていたのだが……
セレナはあまりに純粋すぎたため、周りの者たちが『結婚が決まるまでは男女間の生々しいことは耳に入れない方がいい』と常日頃から気遣っていた。
きょとんと見つめるセレナに、エスターは少し笑って言った。
その瞳が少し色を帯びたことに、セレナは気付いていない。
「たとえば、セレナ。……あなたはキスをしたことはありますか?」
エスターの言葉に、セレナはこくりと頷いた。
「はい、お父様やお姉様と……」
「それは、こういうキスですね?」
言い、エスターはセレナの唇に掠めるような口づけを落とした。
……一瞬の、柔らかい感触。
それは挨拶の域を超えない、軽いキスだ。
セレナも幼いころ、父や姉、兄にこうしてキスしたことはある。
けれどそれは遥か昔のことで、今はまずすることはない。