千の夜をあなたと【完】



それに比べて自分は、こういっては何だが普通の容貌だ。

レティ宛てに来た縁談はセレナ宛てに来た縁談の1/3以下だ。

もっとも、今はブラックストン侯爵家の息子という普通ではない婚約者がいるので縁談が来ることはないが……。


と、そのとき。

広間の入り口から長身の青年が入って来たことに気付き、レティは慌てて背を伸ばした。


「お待たせしました、それでは早速始めましょうか」


と優雅に言いながら二人の向かいに置かれた椅子に座ったのは……。

エセルバート・アレクス・エインズワース。32歳。

通称、エスター。

イングランド北部の地方領主、エインズワース家の二男で男爵位を持つ。

漆黒の長い髪を左胸の辺りで束ね、濃紺の上衣と黒の脚衣を身に着けている。

長い前髪の下の瞳は艶やかなアンバーで、いつも優しげな笑みを浮かべている。

背はすらっと高く、服の上からでもその均整のとれた体つきが見て取れる。

その全体的に余裕のある、どことなく色っぽい雰囲気はまさに『大人の貴族』といった感じだ。

エスターは去年の春から、父・リカードに請われてレティ達兄妹に作法や音楽、詩学、ダンスを教えている。

兄のリュシアンには剣技と軍事、財政、法学、語学なども教えているらしいが、レティはそれに同席することは許されていない。

……むしろ自分はそちらの方が興味があるのだが。


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