千の夜をあなたと【完】
「逃げたものは仕方ない。しかしそうなると、あまり悠長なことは言ってられんな」
「……エスター様……」
「もう一度ブラックストンに連絡を取れ。今度はイーヴ様ではなく、侯爵のダグラス様の方だ」
「……と、言いますと?」
「エインズワースが持っているニルフの町の商業権を譲る代わりに、セレナとの婚儀をブラックストンの名において認めて欲しいと伝えろ」
ダグラスはイーヴの父だが、侯爵の中ではなかなかやり手の方である。
老獪で自分に利がないとあまり動こうとしない。
しかし逆に言えば、利を与えればこちらの要求を呑んでくれる可能性が高い。
エスターの言葉に、エリオットは深々と頭を下げた。
「……はっ、畏まりました」
エリオットが去るのを見届けた後。
エスターは髪を後ろに払い、窓際に寄った。
窓の向こう、山脈の手前に小高い丘が見える。
――――あの人が眠る、永遠の場所。
リカードもこの場所から、こうしてあの人が眠る場所を眺めていたのだろうか。
そんな思いが胸によぎる。