千の夜をあなたと【完】
しかしその頃、ロレーナ自身も気づいていなかったが、ロレーナのお腹の中にはサティアスの子が宿っていた。
一年後、ティンバートに嫁いだロレーナに会いに行ったエスターは、その子供を見て一目でサティアスの子だとわかった。
栗色の髪も褐色の瞳もサティアスのものと全く同じだったからだ。
リカードはこのことに気付いているのかと訝しんだエスターだったが、リカードの母が同じような髪と瞳の色だったため、リカードはその子を自分の正嫡出子として育てた。
リカードが真実に気付いていたのかどうか、今となってはわからない。
そして、16年前。
ロレーナは第二子であるセレナを出産する際に、産褥で亡くなった。
「……」
エスターはセレナの顔を脳裏に思い浮かべた。
セレナの顔はロレーナと瓜二つだが、二人の気質は全く違う。
ロレーナは淑やかではあったが、自分の運命を受け入れ、良き妻・良き母であろうとする『静かな強さ』があった。
けれどセレナはひたすら純粋で、人を疑うことを知らない善意の塊のような存在だ。
セレナを前にすると、庇護欲と支配欲をかき立てられる。
セレナが純粋でいられるように守りたいという思いと、真っ白な彼女を自分の色に染めてみたいという、男の欲望。
そのどちらも、他の女には感じたことのない感情だ。
「……」
伯爵位への野心と、セレナへの想い。
――――あともう少しで、その二つが叶う。
ここでしくじるわけにはいかない。
エスターは唇の端に笑みを浮かべ、そっと窓を閉めた……。
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