千の夜をあなたと【完】
母も父と同じく敬虔なケルト教会信者だ。
少年の視線の先で、二人の兵士は兵装を解いて皮鎧や革靴、こてを入り口近くの壁沿いに置いた。
その皮鎧の胸に刻まれた青い狼の紋章に、少年は目を丸くした。
――――この辺りではあまり見たことがない紋章だ。
まじまじと見つめる少年の視線の先で、焦茶の髪の男が部屋の中をぐるりと見渡す。
部屋の中はさほど広くなく、テーブルと竈、そして暖炉があるだけだ。
男は部屋の中を見ていたが、暖炉の上に掛かっている剣に目を止めた。
その剣は刃渡り70センチほどで、さほど大きくはない。
刀身は赤味がかった銀でできており、柄は栃の木皮で編まれている。
焦茶の髪の男はじっとその剣を見つめながら口を開いた。
『御主人。……この剣は?』
『ああ、その剣は代々うちに伝わるものです。うちの先祖は昔、スカンディナヴィアから海を渡ってアルスターに来ましてね』
『……となると、もとはそちらの由来の?』
『そうなりますかね。何しろ昔のことなので、私などにはとんとわかりませんが。先祖伝来の品なのでとりあえず飾っているのです』
父は言いながら、竈の傍の棚からチーズの塊を取り出した。
チーズは保存食で、いつもは食卓に上がることはめったにない。
思わずじーっとチーズを見つめた少年に、父はコホンと咳払いして言った。