千の夜をあなたと【完】
エスターのアンバーの瞳が脳裏をよぎる。
――――毎夜、切なげにセレナを見つめるあの瞳。
あの、低いバリトンの囁き……。
エスターは自分を裏切ったのに……。
自分を騙して結婚したのに……。
でも……。
……でも……。
胸に熱いものがこみ上げる。
セレナはきっと顔を上げ、御者に向けて叫んだ。
「屋敷に戻ってください! 早く!」
「……セ、セレナ様!?」
「命令です! 戻りなさい!!」
いつにないセレナの剣幕に、御者は驚いて手綱を引いた。
そのまま別の道に入り、屋敷の方へと戻っていく。
恐らくエスターは自分だけ安全な場所へと非難させようとしたのだろう。
自分には何も知らせず、独りで全ての片をつけるつもりなのだ。
――――そう、独りで……。
セレナの胸に憤りと同時に切なさが広がる。
セレナはぐっと唇を噛みしめ、ドレスの裾を握りしめた。
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