千の夜をあなたと【完】



その時、リュシアンには何のことかよく分からなかったのだが……。

兵士はリュシアンの足元でぶるぶる震えている。

意識はありそうなので命に別状はないだろうが、……しかし。


「あいつ、絶対に敵には回したくないな……」


リュシアンは呟き、二階へ続く階段の方へと向かった。

階段には痺れ薬にやられた兵士たちが数人転がっている。

リュシアンは彼らを避けながら階段を上がった。

エスターがどこにいるかはわからない。が……。


二階の廊下では剣戟の音が響いている。

どうやらまだ交戦状態らしい。

リュシアンは戦っている兵士達を避けながら、廊下の奥へと向かった。


――――執務室。


父、リカードがティンズベリーの施政を行っていた部屋だ。

そして父が亡くなった部屋でもある。

恐らくエスターはここにいるだろう。

リュシアンはひとつ息をつき、扉を開いた。


部屋に入ると、窓際に立つ男の姿が目に入った。

忘れもしない、長い黒髪。

口元に刻まれた優しげな微笑みは二年前と変わらない。


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