千の夜をあなたと【完】
リカードは書簡をぐっと握りしめた。
脳裏に10年前の記憶が蘇る。
森深い民家で罪なき一家を手に掛け、逃げるように飛び出した、あの血生臭い夜……。
リカードは書簡を握りしめたまま応接室を出、二階にある『赤の間』に入った。
『赤の間』は代々のティンバート当主が集めてきた武器や宝飾品を飾っている部屋で、部屋の壁が一面赤いことから、昔からそう呼ばれている。
リカードは『赤の間』の正面の壁の前に立った。
正面の壁には、10年前、あの森番の家にあった剣が飾られている。
赤みかがった銀の刀身に、栃の木皮で編まれた柄。
それは幼い頃に教会の聖典で目にした、聖遺物の絵と全く同じものだった。
この剣は『クームブラン』と呼ばれる名剣で、聖遺物でもある。
剣の名前を直訳すると『谷のカラス』だが、この剣は別名『報復するもの』と呼ばれている。
この剣は聖典によると、8世紀にフランク王国大帝シャルルマーニュが持っていた『ジョワユース』と同時に鍛えられた剣で、柄の中に聖骸布の切れ端が入っているらしい。
……まだ、柄の中身は確認していないが。