千の夜をあなたと【完】
「……俺、先に馬車に戻ってるから」
「あ、うん」
ちなみにイーヴはティンズベリー教会に用事があるらしく、『馬車を出すなら一緒に乗せろ』と出発間際に強引に乗り込んできた。
……それなら別々の馬車の方がいいと思うのだが。
レティはしばし祈りを捧げた後、立ち上がった。
兄はまだ膝をついたまま祈りを捧げている。
「リュシアン、あたしはそろそろ戻るけど……」
「ああ、先に戻ってろ。天気も怪しくなってきたしな」
兄は褐色の癖毛を揺らし、空を見上げた。
その瞳はセレナと同じく、緑色だ。
レティも空を見上げた。
先ほどまで見えていた青空は黒い雲に覆われ始め、いつのまにか陽も翳っている。
カラッとしていた風に湿気が混ざりはじめ、雨が近いことを知らせている。
確かに、これは急いで馬車に戻った方がいいかもしれない……。
レティは踵を返し、丘のふもとに置いた馬車の方へと歩き出した。
ふもとまでの道は所々枝道に分かれており、徒歩10分くらいではあるが迷いやすい。
……と。
「……あれ?」