キウイの朝オレンジの夜
店を出ながら、相手も確かめずに通話ボタンを押して耳に当てた。
「はい、神野です」
『お疲れ様、稲葉です』
・・・おおっと、鬼から電話だ、何事だ??あたしはつい、胸の上で十字を切る。ちなみに別にキリスト教徒ではない。
「お疲れ様です」
『今支部か?昨日貰ってた提出書類、訂正印がいるんだよ。明日出すのにもう間に合わないから今晩欲しいんだけど』
ああ、有給消化の書類か・・・。あたしは唸る。事務員さんが二人とも居なかったので、支社に会議の為に出向く支部長に頼んだんだった。訂正印・・・。ううーん。
「それはすみません。今お客さんと会ってまして、外なんです。支社近いので、こっち終わってからあたし行きますよ」
電話の向こうで稲葉さんが、え?と問い返す。
『近い?どこにいるんだ?』
駅前のバーで、と名前を言うと、ああ!と明るい声が聞こえた。
『知ってる、そこ。丁度出たところだから俺がそっちに行くよ。クロージングか?』
自分が行くのは邪魔か?と聞いてるんだろうな、と思ってあたしは大丈夫です、と答える。