キウイの朝オレンジの夜
ヒーターで車が温まる間、出発もせずに稲葉さんが隣からあたしを見る。
「―――――――さっきの話だけど」
「はい?」
判っていたけど、聞き返した。彼はため息をついて話す。
「・・・新しい職域の。嫌なら行かなくてもいいんだぞ」
あたしは眉を顰めた。嘘でしょ?そんなことしたら、貴重な出入り機関が減るじゃないの。それでどうやってノルマを達成しろっての?
「大丈夫ですよ。実際よくあるんです。若い男性にそういってからかわれたり、年配の男性からは娘に出来ない説教を代わりにされたりもしますし。そんなことで出入りやめてたら職域なんて無くなります」
稲葉さんはハンドルに頭をつけて唸っている。
あたしは不思議に思って聞いた。
「男性だってあるでしょう、支部長?今までお客さんにつきあってくれたら契約あげるって言われたことないですか?」
ハンドルの上で顔をこっちに向けて、ヤツは言った。
「・・・なくはない。だけど、付き合って、と、抱かせろ、は違うだろう」
・・・そう?とどのつまりはして欲しいことって一緒じゃないの?そう思ったが、それは言わないでおいた。
「職域の立ち募集の間にセクハラ発言されるのなんて日常茶飯事ですよ。生保の営業に自分からマトモに喋ってくれる人なんかいないんですから。それよりも、地域の家庭を回ってるときの方が怖いっちゃ怖いですよね」