キウイの朝オレンジの夜
そんな時に、持っている保険は小さくて、営業からしたら「もう触れない、どうしようもないお客様」である山下さんの家に、今日の最後に、と回ったのだ。
保険に入れない体の方や、その必要がなくなった高齢者の皆様は、あたし達にも優しいものだ。きっと何も売りつけられないと思って安心しているのだろうと思う。
でも何でもいいから、一日の最後くらい優しい言葉をかけて欲しかったのだ。だから敢えて、「どうしようもない、触れないお客様」である山下家を選んだ。
その時に出てきたおじいさんがまさに契約者その人で、縁側にあたしをいれてくれた上に、疲れたでしょうとお茶まで出してくれたのだ。
偉そうな勘違い説教や年配者の愚痴も言わず、黙って一緒にお茶を飲んでくれた。
あたしはその時ホッとしてしまって、泣きそうになったんだった。
それでも気を取り直して、入ってくださっている契約の説明をし、長い間の契約のお礼を述べた。
すると山下さんは、皺くちゃの顔を笑顔にしてゆっくりと言ったのだ。
『暑くても寒くても、一生懸命外を回っている。こんな若い女性がなあ、仕事とはいえ、辛いことが多いでしょう』って。
あたしは泣かないようにとお腹に力を込めながら、いえ、大丈夫です、ありがとうございます、と返した。
嬉しかった。
保険の営業を邪魔な存在とだけ見るのではなくて、ちゃんと一人の人間として見てくれたことが、それだけで。