キウイの朝オレンジの夜
20名の営業と2名の事務員が固唾を呑んで見守っていた。何人かはまだ2日目のイケメンの支部長に見惚れているようだったが、あたしの周囲は間違いなくあたしと同じ体感温度を感じ取っていたハズだ。
体感温度、ただいま氷点下を突き破って更に冷却中。
「―――――――足りないな」
支部長が呟いた。
本社での鬼教官だった頃の稲葉さんなら、既に怒鳴りながら足りないアポをどうするつもりかと問い詰めてきたはずだ。今の彼はそれはしないらしい。だけど、普通の声でのその呟きが、あたしには余計に恐ろしかった。
「・・・4件のアポは訪問の約束レベルだろう?それでうまく商談に持ち込めたとして半分。内、1件でも契約になれば御の字。―――――それでは、足りない」
背中を汗が流れ落ちた。
支部長は皆を見渡して、魅力的な口元に官能的な微笑みを浮かべて言った。
「もう11月戦は始まっているんですよ、皆さん。保険会社の一番大きな記念月がくるというのに、それでは、全く足りない」
神野玉緒へだけじゃねーんだぞ、と言っているのだ。それはきっと全員が理解しただろう。
稲葉支部長は、微笑んだそのままの顔で、続けた。
「神野さんが優秀なのは判っています。だから昨日、4500万のアポを6件取れ、と言ったんですが、出来なかったようですね。私が欲しいのは、努力したって過程じゃない。その結果です」
最後のところであたしを目を合わせた。判るか?そう彼の瞳が言っている。
判ってる。努力が評価されるのは小学生まで、大人は結果を求められるって言葉は、鬼教官から耳が腐るほど聞かされてきたのだ。