キウイの朝オレンジの夜
わあお・・・隣から呟きが小さく聞こえた。驚くのはまだ早いんだよ、皆。この男の悪魔度合いはこんなもんじゃない。あたしは心の中で言う。
「今日中に、あと2件」
あたしに真っ直ぐ言葉を放った。ほとんど息も絶え絶えで、あたしははいと返事をする。
・・・泣きたい。
「今日から一人ずつ個人対話をしていきますので、皆さんお時間少し頂きますが協力お願いします」
にっこりとそう言ってから、ヤツは朝礼をしめた。
支部のざわめきが遠くから聞こえるようだ。あたしは暫く虚脱状態だった。色んな人が大丈夫?と声を掛けていく。それに返事をするのも億劫で、あたしはアポ取りセットをもって立ち上がった。
今から2階で、本日のお仕事開始だ。何としても今日中にあと2件のアポをもぎ取らないと、あたしは今日は帰社出来なくなる。
唇を噛んで立ち上がった。
そんな風に、光を失ってからのあたしは前よりも追い詰められ度を加速させて毎日を過ごしていた。
しかし、稲葉さんの手腕は見事としかいいようがなかった。
個人対話で営業ごとの性格や好みを見抜き、今よりも営業成績が上がるようにと弱点克服プログラムを作ったりした。そのアドバイスや支援は的確で、うちの支部の11月戦の成績は前任支部長の頃とほぼ変わらない水準を維持していたのだ。
大会での壇上表彰も多く、稲葉に任せて正解だったと支社長がわざわざマイクを通して言ったくらいだった。