キウイの朝オレンジの夜


 稲葉さんの言葉が、その言い方が、あたしのカンに触った。上司だということを一瞬忘れて舌打ちをしてしまう。すぐに気付いたけど、もういいや、って心境だったから謝らなかった。

「あたしにだってプライベートはあるんです!退社後のことまであなたに関係ありません!」

 稲葉さんはぐっと口元を引き締め、目を細めた。

「・・・確かに、そうだな。では、明日聞くことにしよう」

 そして少し距離をおいて立っている光に会釈をして、失礼しますと声をかける。慌てた光が挨拶を返すのを、あたしは地面を見詰めたままで聞いていた。

 ざくざくと土の地面を踏んで稲葉さんが遠ざかっていく。あたしは無意識の間につめていた息を吐き出した。

 握り締めた手が冷たくて痛い。

 どうしてあたしは真冬の夜の公園でこんなことをしてるんだろう・・・。そこまで考えて、まだ光がいたことに気付いた。

「・・・さっきのお金、返すわ。いくらだった?」

 あたしは離れて立つ光を振り返った。

 それには答えないで、口元を巻いたマフラーで隠した光が言った。

「・・・経保、解約になったって、夏に貰えたと喜んでたあれか?」

 あたしは首を傾げる。そして、ああ、そうか、と思い出した。

 夏は、まだ付き合っていた。やっぱりあまり会えなかったけど、その大きい経営者保険を貰えたときには嬉しすぎて、久しぶりに光に電話したんだった。

 偶然光の出張がなくなって時間を合わせれたので、翌日には二人でビアガーデンに飲みに行った。大した金額でもないのに、俺の奢りだって、光がご馳走してくれたんだった。よく頑張ったなって。


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