HERO
薄暗い箱の中で僅かに視覚を補ってくれるのは、足元から漏れる外部からの光だけである。
照明をつけようとも、らしきものは見当たらない。
一面黒で覆われた部屋で一人、ついさっき出逢ったばかりのお爺さんを待っている。
不安や、緊張、恐怖。
沢山の感情が交じりすぎて、それを言葉でどう表せばいいのかわからない。
現状を受け入れようと思うと身の毛がよだつ。
私のことを誰も知らない、私の知っている人のいない世界がこんなにも怖いものなのかと、今頃になって脅えているのだ。
「お嬢さん、開けてくれるかい?」
びくりと肩を震わせて、声のする方に向かい戸を開ける。
両手にカップを持ち微笑むお爺さんを見て、安心している自分がいた。
『大丈夫』
今日は自分のためにその言葉を使ってみる。
私に与えられたのは、今を知るということだけ。
今出来るのは、それ以外ないのだ。
「電気をつけてくれるかな」
お爺さんはカップを持ったまま、立ち尽くしていた私に「そこだよ」と手前の壁に向かって顎をひょいひょいと突き出した。
訳もわからず、壁に手を触れると、一面眩しい程の白い光に覆われて、一瞬視覚を失った。