ハッピークライシス
その様子を暫く静観した後に、シホはリサの手からボトルを取り上げる。リサが激しく取り乱し、シホに掴みかかろうとしたところで、その頬を思い切り引っ叩いた。
乾いた音が寝室に響く。
小刻みに震えるリサに目線を合わせながら、目の前でウィスキーボトルをちらつかせる。
「…この場所に、男が来たか」
「……ぅっ、あぁ、…」
ゆっくりとボトルを傾けて、ウィスキーを床に落としていく。
「や…、やめてぇ……ッ!お願い、それをちょうだい、」
「きちんと答えろ。男が、子供を連れ去ったのを見ただろう。人目につかず、逃走出来るような経路を尋ねられなかったか?」
リサは、わからない、わからないと繰り返しながら、終いには子供帰りしたかのように大粒の涙をながしながら声を上げて泣き始めてしまう。
―拉致があかない。このままじゃ、青薔薇に逃げられてしまう。
シホは思わず溜息をついた。
仕方なく、グラスに僅かの量のウィスキーを注ぎ、リサへと手渡す。すると、リサは勢いのままにそれを煽り、グラスをちろちろと舐めた。
「もっと欲しい」
「…いいわ。リサ。でも、その前に私の問いに答えろ」
「し、知らないの。ほんとうよ。頭の中が、真っ白で…。あァ、それでも、説明、説明を、…もしわたしがするなら、屋敷の裏から森に通じる道があるわ。北西にある古井戸の底に、小さな扉が隠されている。その奥は、フィリップが昔携わった軍事用の旧線路に通じていると聞いたことが…」