ハッピークライシス



その時だった。



「――――ッ!シホ!!どこだッ――」



遠くに聞こえたのは、シンシアの声。
足音は、数人分あった。

それに気づいたユエは一瞬でシホの手を払い、ナイフを近くの老木へと深く突き立てた。血飛沫がシホの頬に跳ねる。


「シホは、非情になれない。俺を殺せないように、あの"子供"だって殺せない。大丈夫だと思い込もうとする癖は、やめた方がいい。そのうち心が壊れるぞ」

「…ッ!あんたに、何が、」

「わかるさ。ずっと近くにいたんだから」


当たり前のように呟いて、ユエはその血塗れの手に銃を握り、ゆっくりとシホに向けた。

シホはギュッと目を瞑る。一瞬先にある"死"への覚悟とは別に、どこかでほっとした心地がした。苦しむのにも、もう疲れた。


―"不思議な力"を持つ少女。怯えた様子でこちらを窺う彼女は、本当にただの子供だった。権力に利用されただけ。

無表情で、その瞳には一寸の光も灯ってはいなかったけれど。
ああ、そうかもしれないわね、ユエ。だって、あの子供は、どこか昔のあたしに似ていた。

彼女を殺せば、きっとあたしの心も死ぬのだろう。


シホは唇を噛みしめた。

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