ハッピークライシス
暗闇に向かって声を掛けた。
向かいの座席から、ひょっこりと顔を覗かせる少女。亜麻色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。フィリップ=フェデリコの地下室から奪った少女だ。
古井戸から旧線路へと通じているから、最奥まで歩いて隠れていろと、そう伝えたのはユエだったが、正直少女が言いつけを守り、地下の旧線路をひとりきりで抜けることなどないだろうと考えていた。
薄暗く、光のない線路は子供にとっては恐ろしいものだし、まっとうな世界へ逃げるチャンスでもある。
だから、こうして少女が姿を現した時には、柄にもなく驚いた。
遠慮がちに座席に座る少女を一瞥し、ユエは血塗れのシャツを脱ぐ。
ベルトにつけていたフラスコボトルを手に取り、中に入っていたウォッカを傷口へと降り掛けて血を洗い落とした。
「逃げなかったんだな」
痛みに眉を寄せながら、指先で傷口を押す。幸い、弾は残っていないようだ。破いたシャツで止血をしようと四苦八苦していれば、小さな手が横から遠慮がちに伸びて、見様見真似で器用に巻いていった。