ハッピークライシス
「ごめんなさい。わたし、ずっと地下にいたから面白いお話、出来ない」
「…無理しなくていい。それじゃあ、俺からいくつか質問をさせてくれ」
少女がぎこちなく微笑んだ。
ゆらゆらと灯るランプの光に、少女の顔が照らされる。暗闇を見つめる表情は、可愛らしいというよりも美しいとすら感じた。
―こんな子供に。馬鹿か俺は。
ユエは小さく眉を寄せて、こほんとひとつ咳払いをする。
この子供の能力と生い立ちには興味がある。どちらにせよ、今すぐには動けない。退屈凌ぎにはちょうどいい。
ここから出たら、孤児院にでも置いていけばいいのだ。
「お前は、どうしてあの屋敷で飼われることになったんだ」
「パパに売られたから」
少女は、抑揚もなく言い切った。
悲しみも怒りも感じさせない、まるで客観的に事実だけを。
「わたしが、いちばん最初に記憶を消したのは、ママだったの。"ママ、大好きよ"そう言ってキスしたら、ママ、わたしのことを全部忘れちゃったんだって。お腹にいたときのことからぜんぶ」