ラブソングを貴女に
出会い
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「何が腫瘍だ…馬鹿馬鹿しい」
苛立たしげにベンチの足を蹴ると、ガツンと足先が痺れた。鉄製で出来たベンチは、人を支える為に立派な作りになっていてかなり固い。それを人の力で蹴ろうとするには無理が生じる事になる。必然的に俺はベンチの前に踞る事になっていた。
……格好悪い。何やってるんだか
「大丈夫ですか?」
女の声だ。
どうやら見られていたらしい。痛みで萎えた怒りの炎が再び蘇る。
八つ当たりだって分かっている。それでも自分の気持ちが抑えられなかった。
「っせぇよ、見てんな」
自分の容姿が万人受けしないのを承知で、怒鳴りつける。生まれつき目付きが険しい俺は、昔はこの目つきの悪さでよく絡まれていた。
自分が慣れる頃には、愛想というのを覚えたせいか、周りも気にしなくなったが初対面の女にはたまらないだろう。
直ぐに逃げ出すと思った。
振り返った目がそのまま見開かれる。
「良かった…体調が悪いのかと思ったから。それだけ元気があれば大丈夫ね」
泣く、怯える、去る
その何れでもなく、彼女は微笑んでいた。自慢ではないが、ヤクザ紛いの人相とパンクな格好をした俺に、こんな反応を返した女は初めてだ。
「…何でもねぇから行けよ」
「えぇ、邪魔してごめんなさい」
蝉の鳴く声が耳を刺激し、夏である事を叫んでいるかのようだ。なのに、彼女の微笑みはまるで春の風のように柔らかく―…日だまりのように温かかった。
去っていく後ろ姿に、調子を崩されドカリとベンチに深く腰を下ろす。
彼女の事を考えたのは、ほんの一瞬…
直ぐに医者の言葉が脳裏を反芻していた。
『喉に腫瘍があります』
『手術をしなければ』
『アメリカの権威で――』
五月蝿い…
五月蝿い、五月蝿い、五月蝿いっ
浮かんでは消えていく言葉に、耳を両手で抑える。
遠くに聞こえたのは、蝉の声だけだった。