魔法の原理
1 ココロ
「今日、先月の大学別判定模試が返ってくるってさ。」
影山 夕(かげやま ゆう)が話しかけてきたので、天野 心(あまの しん)は目を上げる。
 「そっかぁ。どんな結果でも、ここからまだまだ伸びるから関係ないけどね。」
天野は強気で言い返した。長い前髪の間から除く瞳は、強く影山を見つめていた。
 彼らが在籍しているのは県下では有名な進学校であるが、二人が志望している大学に合格するのは毎年6,7人と、なかなかに厳しい。
 季節は秋の終わりである。大学受験まで残された時間は四ヶ月を切っていた。3階隅に位置する3年8組の雰囲気は、良い意味でおだやかで、受験が近いとは思えない空気である。つい最近も、学校で行われた球技大会にクラス全員が闘志を燃やしていた。

 午後の授業もすべて終わり帰りのホームルームが始まった。例の模試の成績返却をすると担任の宇野先生が言い、受験者の名前を順に呼ぶ。天野は五十音による出席番号が若いので、一番に呼ばれた。太り気味の宇野先生から成績の紙を受け取って窓際の席に戻る。座るやいなや、何よりもまず、合格判定を示す五段階評価の四番目である『D』の文字が目に映った。もう少しいい成績で勢いをつけたかったかな、と天野は内心で思った。そして(それでも、オレは受かる。)呪文のように心の中で呟いた。
 彼の受験に対する自信は特に根拠があるわけではない。成績がずば抜けていいわけでもなければ、突出した才能があるわけでもない。それでも彼は自分を信じることをやめないのだ。そしてそう口にすることで、現実が変わると信じている。
 成績表を細々と見てゆく。彼の得意教科は国語である。(少なくとも本人はそう思っている。)しかし、テストでは思うように点数が取れないことが多かった。科目別の欄を見れば、今回も例に漏れず平均点程度にしか得点できていない。天野はそれが何よりも悔しいことだ。自分は本当に得意なのだろうか。そもそも<得意>とはなんだろうか。答えを出そうとするわけでもなく、問いかけだけ頭に浮かべて、天野は無表情で成績通知書をファイルにしまった。

 「心、どうだった?こっちはなかなか厳しい。」
帰りの挨拶が済んでまもなく、影山が話しかけてきた。影山のいう「厳しい」と天野の思う「厳しい」は必ずしも一致するわけではない。
 「こっちも厳しいけど、オレは受かる運命にあるから。」
主観的な感想を相対化するのが怖かったので、笑いながら生返事をすると、天野はすぐに教室を出て掃除へ向かった。
 

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