魔法の原理
(ああ、ちくしょう。悔しいな。)口には出さない。口に出したことは実現に近づくと信じているからだ。しかし、口に出す気がなくとも脳が思考を自発してしまう。数字の持つ魔力はすさまじい。理由のひとつには、数字は虚構を持たないことが挙げられる。自らの評価を数値化して叩きつけられた痛みが思考を苛む。英語教科室の清掃を適当に終了し、同じ清掃場所の友人に適当に別れを告げ、駐輪場へ向かった。
 駐輪場は校舎に併設している二階建ての建物だ。二階の隅にある出口から外に出ると、涼しい秋風が吹いていた。活動の準備をしている運動部の声も、一緒に天野の頭を吹き抜けた。一階の指定場所にある自転車を目指し、適当に階段を降りながら、ポケットの中の鍵を漁る。
 
 「元気なさそうだけど、大丈夫かい?」
背後から声がする。天野の知り合いに、この声の持ち主葉いない。振り返るとそこには、想像してた【制服を着た生徒】はいなかった。
 そこにいたのは全身を覆う黒い布をまとった少年だった。年齢はきっと天野と同じくらいだろう。制服の人間しか出入りをしないであろう駐輪場で、その姿は空間になじめていない。
 「どちらさまですか。」天野は極力普通に言うように努めた。
 「あれ、聞こえてたの。」
 思わず天野は黙り込む。もともと人と話すことは得意ではないため、どう返したらいいものか考え付かなかった。
 「オレ、魔法使いなんだ。今まで誰にも見つけられたことがないから、驚いた。」
 何となく嬉しそうに少年は語る。天野はまだ閉口したままだ。信じることの強さを知っているからこそ、簡単に疑ったりしないようにしよう、と常日頃から努めていた。それゆえ、一旦少年の言葉を丸々飲み込んで、解釈を試みた。そうしようとして失敗した、また飲み込んでみた、また失敗した。
 「なんか嬉しいな。誰かと喋ったのはあまりに久しぶりなんだ。オレはココロっていいます。星の願い事を処理するために作られた。もとはひとつの星だったんだ。魔法で人間になって、地球に来た。」
 ココロと名乗る少年は、要点をつかんでいるようで、それでいて大事なことがすっぽり抜け落ちているような語り方をした。身振り手振りを交えて踊るように、全身で話している。
 「いまいち理解できないんだけど。」
 天野がようやく搾り出した言葉は大して意味を持つものではなかった。
 「理解しなくてもいいよ。ひとつの小説が書けちゃうくらい入り組んだ話さ。そんなことより、せっかく声が通じたんだ。君の事をもっと聞かせてよ。」
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